学習指導要領改訂への常任委員会声明 2007.12.7

学びのつながり広がりで活きた知性を育てる学習指導要領を望む
2007年12月7日  日本生活教育連盟 常任委員会
1. 子どもの現実から学習指導要領改訂の必要性と必然性を示してほしい。
 いじめ、暴力、不登校、登校拒否、引きこもりなど、昨今の子どもたちは人間関係を結ぶことに切ないまでに心を痛め、それでもけなげに毎日を「明るく」おくっています。文科省は11月15日、「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」を発表しました。それは、前年度の発生件数のほぼ12倍になっています。急増したのは、「調査を実態に近づけたい」ということで、これまでの「いじめ」の定義を変えて、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」「起こった場所は学校の内外を問わない」と定め、国公立私立の全校を調べたからです。いじめ発生件数は、全体では55%でほぼ2校に1校の割合でいじめが起きたことになります。いじめが増加しているように報道されていますが、しかし、この調査にデータを送った学校現場にいる私たちからすると、報告されていない学校や件数がまだまだあると推定できます。前記の2つの定義から「いじめ」をとらえるとしたら、子どもたちが集まるどの集団にも存在するのではないでしょうか。2校に1校しかなかったという結果にこの調査の不十分さを感じさせられます。数値で件数を表すこと自体に信憑性を疑わざるを得ません。
 「勝ち組・負け組」が社会用語になっていますが、このような格差社会の中で競争を学習意欲の原理においた教育が進行しており、子どもたちは学べば学ぶほど友だちとの人間関係が切り裂かれ温かい人間関係を奪われてしまっているのです。こうした子どもたちの現実に学校はどうあるべきなのでしょうか。それは、子どもにとっては「学ぶ喜び」、教師にとっては「教える喜び」、父母にとっては「育てる喜び」の実感できる学校づくりではないでしょうか。
 子どもたちがおかれている現実から出発する視点の貫かれた教育課程編成を望みます。

2.「生きる力」とは人間の根幹に関わる力。人間性の本質が育つ教育課程を示してほしい。
 「生きる力」の「理念はかわりません、学習指導要領がかわります」と「審議会まとめ」のパンフレットに書かれています。そして、現行の学習指導要領に関わって「生きる力の理念について学校関係者・保護者・社会との間に十分な共通理解がなされなかった」と書かれています。私たちは、この「生きる力」という「理念」そのものに、私たちを納得させる中身がなかったからではないかと考えています。「生きる力」として、(1)基礎基本を身につけ、変化する社会の中で、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、問題を解決する資質や能力、(2)自らを律しつつ他者と協調し、思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、(3)たくましく生きるための健康や体力など、の3点をあげています。「自ら」ということばが強調されていますが、観念的な主体形成の強調ではないでしょうか。
 「生きる力」を提言するのであれば、まず、子どもたちの生きる息吹の満ち溢れる学校づくりを提言してほしいものです。教育は人間を育てる営みです。人間とは何でしょう。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、そのすべてをもって生活しているのが人間です。人間丸ごとを対象にした教育づくりが求められています。
 「生きる力」は、人間性の本質を育てることによって実現します。人間性の本質とは、(1)分ける(弁別、識別、認識など)力、(2)結ぶ力(類的な自然)、(3)作り変える力(創造、やり直し)といわれています。子ども(人間)は、本物の文化や体験、人とのつながりを仲立ちにして、物事を認識し、人間理解をひろげ、自らのことばで考え、表現し、他者との関係を組み替えて、新しい時代をつくる主体となって成長していきます。学びと生活を重ねることで生きた知性が育つのです。これこそが、「生きる力」の形成ではないでしょうか。
 本物の体験と学習で、「本物の学力とつながる、生きる力」が育つ教育課程編成を望みます。

3. 本物の体験を重視し、実感のある「学び」がつながりひろがる教育課程を
 「審議会まとめ」はこれまでの学習指導要領の総括として、(1)「理念」の共通理解がなされなかったとともに、(2)教師の指導の躊躇、(3)各教科と総合学習のつながりがとぼしい、(4)知識、技能の活用を学習する授業時間がたりない、(5)家庭や地域の教育力の低下、の5点をあげていますが、はたしてそうでしょうか。これでは、これまで10年間の現場教師の努力と成果を汲みつくさないだけでなく、新しい方向を提示したことになりません。現行学習指導要領になって10年間、現場は戸惑いながらも、それまでになかった新しい学習を創造してきました。その目玉が、総合学習といっても良いでしょう。
 各地の学校現場はもとより、私たちの日本生活教育連盟に集まる教師たちは、それぞれの地域の中にある価値ある文化(教材や課題)を学習対象にして、さまざまな人やものとのであいから学びが広がりつながり深化する総合学習を創造してきました(『あっ! こんな教育もあるんだ』新評論2006年刊参照)。この10年間で、日本の教師は、「教師が一方的に教える授業」から、「子どもとともにつくる授業」へと「新しい学習論」を発展させてきました。それは、「子どもは、伝えたい中身(文化)があって、それを聞いてくれる仲間がいるとき、学ぶ意欲を飛躍的にのばす」「一人の学びが次々と連鎖的につながり、ひろがり、深化する」「ひとつの問いが連鎖的につながり、ひろがり、深化する」などの、学びのつながりひろがりの学習発展の構造です。さらに、こうした学びの始まりは、本物の文化や人との出あいから始まるということです。「本物との出会い」という中に、人間の知的欲求を引き出すきっかけが内包されているということです。
 一時期、「教え」と「学び」を対立させる論議がありましたが、日本の教師たちは、本物との出会いの場をつくり、そこから生まれた問いに基づく学びを子どもたちの中で連鎖的に発展させる学習論を生み出してきているのです。こういう立場に立つと、教師が指導に躊躇するなどという現象はすでに過去のものといってもいいでしょう。教師は、子どもの側から学習が展開するようにしっかりと指導していると同時に、教師の指導を乗り越える子どもの学ぶ意欲の発展をも期待しています。
 また、地域の「人材」ということばも流行しましたが、子どもの学びは、その位置づけを遥かに越えています。地域の人々は「人材」などという単なる学習「材料」ではなく、子どもたちに、学ぶ内容とともに、人間としての生き様を伝えてくれる重要な人間であり、さらに、人間への共感と信頼を伝える重要な先人です。子どもたちは、地域の人々のやさしさに支えられて、地域に生きる人間を学んでいるのです。
 また、総合学習は、父母も一緒になって学ぶ内容を含んでいます。たとえば、「川の学習」では、学習の援助者として参加した父母が、いつのまにか子ども以上にその学習内容に引き込まれて、家族ぐるみの学習へと進んだ、という実践が日本の各地でつくられています。
 子どもたちは、こうした創造的な総合学習を通して「学ぶ実感」に裏打ちされた「学ぶ喜び」を感じとってきました。教育課程部会には、もっともっと、日本の各地で創造された総合学習の成果をていねいにまとめ、分析して、その成果を学習指導要領の改訂に反映させることを要望します。

4. 教える喜び、育てる喜びをつくる教育課程を
 総合学習の「新しい学習論の創造」の過程は、教科教育の授業を子どもの学びの側から変化させてきました。「現実世界と算数数学の世界をつないで学ぶ算数・数学教育」、「実感・体験・つながりを軸においた、ことば・国語教育」、「ひとつの“もの”や“こと”や“ひと”から、網の目のようにつながり広がる自然や社会の連鎖を解明していく自然・社会科学の学習」など、こうした教師たちの創造的な授業改革の成果を組みつくし、発展させることも、これからの教育課程を編成する上で、重要なことです。
 こうした、創造的な授業改革を生み出した背景には何があったからでしょうか。それは、「地域から学校からその特色を生かした教育を作り出そう」という呼びかけが、現行学習指導要領の開始時に文科省からなされたことです。部分的ではありましたが、現場に教育課程の編成の自由が任されたのです。それが教師たちに戸惑いだけでなく創造の意欲を生み出したのです。そして、学校といっしょになって子どもの学習にかかわり、子育ての喜びを実感する父母を生みだしてきたのです。

5. 内容を固定した授業時数増の学習指導要領改訂をやめて、現場からの教育創造の芽を伸ばす教育課程の創造を
 「審議会のまとめ」は、「繰り返し学習」や「知識を活用する学習を行う時間」を充実するために授業時数を小中学校とも1割近く増やし、総合学習は3割近く削減するという枠組みを示しています。反復学習と知識の活用型学習に内容が固定されています。これは、この10年間で形成された、現場からの教育創造の芽を摘むことになるでしょう。
 小学校1年生、2年生の授業時数が他の学年に比較しても増加していますが、昨今の落ち着かないこの増加やパニックになりやすい子の増加などを考えると、低学年教育の困難さが今以上に増加することにつながるにちがいありません。
 「理念」は変わらない、「詰め込み教育」への転換ではないと「審議会まとめ」パンフレットには書いてありますが、「授業時数増と総合学習削減の学習指導要領改訂」は、まさに、子どもへの「詰め込み教育」と教師の「教育づくりの自由削減」への道をひらくことにつながるでしょう。

 以上、ぜひとも、再考していただきたいことを要望し、「審議会まとめ」への意見とします。